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日系人キャンプ跡地

公開日 2006.06.22 (木) 最終更新日 2021.02.22 (月)

すっごいいい天気の一日。
以前滞在してたとこのおっちゃんと、またバイクで出かけてきました。
今回はSlocan Valleyへ。
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途中の町もちらほら見ながらクートニーの大自然を風切って走る!
気持ちいいー。

ところで今回ついに日系人キャンプ地をゆっくり見学できました。
第二次世界大戦中、カナダにいた日系人はキャンプ地へ追い出され隔離された生活を強いられたのですが、特に日系人の多かったブリティッシュコロンビア州はそのメインともいえる場所。
その跡地がニューデンバーにあるのです。

Nikkei Internment Memorial Centreとして残されているキャンプ跡地。
去年の4月に行ったときは閉館してて、絶対また行きたいと思ってた。
今回ようやく中に入る事ができました。
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ここには実際の生活が垣間見れるよう、当時暮らしていた小屋がそのまま残されてます。
2部屋しかない小さな小屋に、一家庭あたり子供最高6人を含む二家族が住んでいたらしい。
屋外にある一つのトイレは、50人で共用していたと言います。

食器などもそのまま残されていて、当時の暮らしぶりがうかがえる。

館内には日本庭園が。
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キャンプへ強制送還された後、最初に住まされたのがこのようなテントだったそう。
暖房は薪をテントの外で焚いていたとのこと。
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お風呂です
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人々の暮らしを紹介する様々な写真も展示されてました。
去年ネルソンのフィルムフェスティバルで上映された、「Sleeping Tigers」のエピソードとなった朝日野球チームの写真もあった!

過酷な生活を強いられる中、子供達の屈託のない笑顔が印象的だったな。
先日ネルソンを訪問したカナダの環境運動家David Suzuki氏も少年時代ここのキャンプ地で生活されてたんだけど、毎日野山を駆け回っては自然の中で遊んでたって言ってた。
子供のパワーってすごいと思う。

レコードも残されてた。歌は「新婚月夜」🐵
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キャンプ地へ送還されて過酷な生活を強いられたのは悲しい。
戦時中、これは避けられないことだったのかな。
アメリカの国境にも近いこの地域で、「敵」とみなされた日系人。
とても悲しいことだけど、政府は他にどんな手立てがあったんだろう。
そう思うとやるせなさを感じます。
多くの人にこのメモリアルセンターを知って欲しいな。

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3件のコメント

  1. Library Loungeの住人

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    つっちーさま>
    私は授業のフィールドトリップで行きました。日系カナダ人が書いた小説が教材ということで、「歴史に触れる」ということでこのセンターとSlocan Valley周辺をバスで回りました。
    私がこのセンターを訪れたのが雪深く身を切るような寒さの10月後半。バス駐車場からヒザあたりまでつもった雪をかきわけセンターにたどり着いたことを覚えています。

    資料館を回っていて、「ただ日本の血を引くというだけで、寒くて奥深いところへ抑留し、その間に政府はすべての財産を没収。そして戦後は住み慣れた土地へ戻ることを許されず、平野部(The Pralies)へ移住か日本へ帰るかの選択をさせる・・・」という日系人を取り巻く戦争の悲しい過去を知り、ショックを受けました。
    83年に政府はこの政策の誤りを認め、賠償金を支払い日系人の名誉回復をしたと授業で習いました。

    つっちーさまがお感じになられたように私もここを訪れたときに、「一人でも多くの日本人にこの現実を知ってほしい。そしてこの資料館を訪れてほしい」と感じました。

    あっ、そうそう、スキャナの修理はもーちょっとかかるみたいです。。買い替えどきなのかな~(笑)。

  2. ヒロ

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    懐かしいというか日本国内でのほほ~んとしていた人間にはかなりショッキングな場所だったような気がします。確か"naom`s road"という本も現場はここだった筈です。
    カナダの大自然の中でいきなりこんな場所がある・・・どんな鈍い人間でも考えさせられる所でしたね・・・当時の日本が悪いのか、米国が悪いのか、それとも米国政策に追随したカナダ政府がわるいのか、悪意を持っていたのか、それとも・・・答えは一言では言えないと思います。
    ただ言えるのは、泣かされるのは現場の人達だと言う事です。
    トップに立つ人間にはこの事を忘れないでいて欲しいと切に思った場所でした(当時19歳の小僧が偉そうでしたね(笑))
     しかし、一番驚いたのはココに住んでおられた方が(そのままココに住み着いた方もいられました)日本の自宅の近所(100メートル以内!!)から嫁に来た方でした。お話を聞く段階になって、なぜか収容所の話ではなく日本のそれも地元の話でもりあがってしまった記憶があります。(他の方には悪い事したな~)

  3. つっちー

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    >Libraryさん
    フィールドトリップの中に組まれていたんですか。この地域って意外なほどいろいろ学ぶ事が多いですよね。
    10月って、まだオープンしてました?夏季にしか開いてないのかと思いました。
    ほんとうに、多くの方にここを知って欲しいですよね。
    ツアリストにとっては、なかなか訪れる機会が少ない場所ではあるけれど。。

    >ヒロさん
    ここに住んでらっしゃった方とお会いできたっていうのは貴重な経験ですね!その後のオチが面白いですけど[絵文字:i-229]
    当時の状況って、体験していないわたし達にとっては話を聞いたりこうしたメモリアルを知ることでしか想像できないけど、ほんと泣かされるのは現場の人間ですよね。
    ただ毎日の暮らしを平和に送りたいだけなのにいろいろ左右されて、ほんと国や宗教、政治って何のためにあるんだろうなって思います。

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