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写真について

被災地訪問の記事の続きだけど、もう一つ写真のこと。

被災地訪問

わたしは普段歌とかピアノを教えたりする以外に、写真の仕事に携わってます。むしろこっちの仕事の方がお給料の大半を占めていると言うか。
まだまだひよっこだけどスナップ撮影をしたり、その編集作業を日々行ってる。

デジタル時代なんで楽させてもらってるけど。。フィルム時代の写真屋って、今では考えられないくらいの労働力と集中力がいるだろうな。

今回被災地に行った時、自分の一眼レフを持って行きました。
ちょうど道路沿いで車から降りて写真を撮っていたら、向こうから来た車に乗っていたおっちゃんが徐行してきて窓を開け、
「写真撮ってんじゃねえよ」
とドスの利いた声でこっちをものすごい目つきで睨んでいきました。

この場所で怒られた。

凹んだ。

写真って何と言うかデリケートで、撮られるのが嫌な人もいる。まして今回のような事態だと、好奇心だけの観光目的って思われるのもわかるし、実際そういう人もいるのかも。というか自分がそういう風に見られたわけで。かなり気が引ける。
写真に限らず映像もそうだけど、見方によっては失礼だし気分を害するもので。

自分が仕事で写真撮る時も、なんか図々しいうざい人に思われてないだろうかとか、多少なりとも気になったりする。対象が人物の場合って特に。
頼まれてやってる仕事ですらそんなんだから、仕事でもなんでもないところでってますます思ったり。

フォトグラファーという自分にとってはいっちょ前すぎる言葉を使って言うと、表現する手段として写真に真剣に取り組む気があるなら、そんなこと言ってられないはずなのです。

というか許可取ったりことわってから撮ればいい話なんだけど。

前の記事でも書いた震災の写真集。これだって賛否両論あるらしくて。
人の状況によって受け取り方も違うし、伝えることってほんと難しい。

なんかうまく言えないけど、いずれにしろいい写真を撮れるようになってからって感じかも。
本気で写真やってるんだって認めてもらえるようになったら、もう少し自信と信念を持った撮影が出来るのかもしれない。

写真ってうまく撮れたらものすごい影響力を持つもの。
伝えたいことを言葉も音楽も説明もない、一枚の平面に映し出すってすごい。
そんなストーリー性と説得力のある写真が撮れるようになれたら、いいなー。

そのためにも、撮る時は真剣に撮って、ちゃんと撮るために撮ってるんだって言う気迫の伝わる撮り方しなきゃ!

。。なんかよくわかんない文章だけど。

うちの上司は、普段からいろんな光景をフレームに見立てているらしい。
何気ない光景や通り過ぎる人物も、そのどこかをうまく長方形のフレームに入れると、まるで別の世界に見えたりするからすごい。

カナダで一緒に働いてたフォトグラファーが力説してたのは、とにかく光と構図が全てだと。
あとは瞬発力かな。

腕を上げたいな。そのためには撮りまくることだよね。
見た人に伝わるような本気の写真撮るよう精進します。

 

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